中條 敏行 仏蘭西直火焼 cache-cache 料理長

東京
釣った魚は家で天ぷらにしてもらいました

――ふるさとの思い出について、聞かせてください。
「50年ほど前の江戸川区は、まさに古い昭和の映画に出てくるような下町の光景でした。銭湯や八百屋、駄菓子屋などのお店が点在していて、自宅は小さな木造住宅で…。江戸川や荒川など、川が近くにあったので、よくフナやハゼ釣りに行っていました。竿の替わりに空き缶に釣り糸を巻きつけてリール代わりにして、釣った魚は家で天ぷらにしてもらいました。捌くのが大変だから、大漁な時は母に『こんなに釣ってきたの!』と迷惑そうにされてましたね(笑)。」

――子供の頃よく食べていた郷土料理・名物料理は?
「母が新潟県柏崎市出身なので、もち米を笹の葉で包んで蒸した『ちまき』、日本海で採れた新鮮な海の幸など、新潟の名産をよく食べていました。そうそう、『車麩』の煮物は、大人になってしみじみ、その魅力に気づいた郷土料理です。おいしいダシがたっぷり染み込んでいて、しっかりした食感も良いですね。今でも新潟に行った際には、よく車麩をお土産に買っていきます。」

いつも食卓に出ていた小松菜

――ふるさとのおすすめ食材を教えてください。
「やはり江戸川区の名産、小松菜です。味噌汁やおひたしなど、子供の頃からいつも食卓に出ていて、身近な野菜でした。シャキッとした食感やくせのなさも好きです。当店ではパスタやリゾット、付け合せなどにも利用しています。新潟県の食材では、この時期(夏)なら茶豆がおすすめです。今年は茶豆を燻製にしたり、ゆでた後に網で焼いて焼き茶豆として出してみようかなとあれこれ考えているところです。」

――ふるさとの食に関する思い出を、教えてください。
「やはり思い出すのは江戸川区の昔の風景です。あの頃は農家が小松菜やキャベツ、大根なんかをあちこちで栽培していましたし、近所には養鶏場があっていつでも新鮮な卵を買いに行けました。学校帰りには駄菓子屋や屋台のおでん屋で大根や卵などをおやつ代わりに食べていたのも懐かしい思い出です。
友達と自転車で遠出して、まだ埋め立て前の浦安や行徳に行って潮干狩りをしたこともよく覚えています。あの当時はあさりやバカ貝のむき身(アオヤギ)の貝を剥くムキ身屋さんが多くよくあちこちで売られていました。」

中條 敏行 中條 敏行
土地の食材の持ち味を生かす調理法を

――ふるさとでの食体験が与えた影響は?
「子どもの頃から地元の小松菜や野菜、地元の野菜で作った煮物や漬物が食卓に並び、その土地の食材の鮮度や旬を考え、その持ち味を生かす調理法が大切だといつしか考えるようになりました。今の私がフレンチの枠組みにとらわれず柔軟にアレンジし、『誰でも気楽に、おいしく食べられる一皿を』をモットーにしているのも、子ども時代の思い出があってこそかもしれません。」

――最後に、ふるさとへの応援メッセージをお願いします。
「かつては農家の数も多かった江戸川区ですが、時代の流れで今はずいぶんと減少していますが、公園や緑を残した場所がたくさん点在しています。微力ながら、江戸川区はもとより全国で頑張っている農家の方々と安心・安全を心がけ、おいしい旬の食材をたくさん使っていきたいですね。生産者の方々がこだわりの食材を作り、私たちシェフが、おいしい料理でそれに応える。日本の食育も考えながら『食』でお客様をより健康していけたらと思います。」